2019年05月06日

令和になってオジサンが思うこと

この5月より元号が令和になった

オジサンは大学時代に昭和から平成となり、当然ながらそれ以降社会人となって、結婚して子供ができてと大人になってからの人生の大半を過ごした時代が平成であった

30年というと一言では表せない様々な思い出がある

今の大人の人達にとっても平成自体は青春だったり定年を迎えた人だったり、老後だったり、楽しかったことや悲しかったことなど色々な思いはあると思うが、オジサン的には変わったものは変わったものとして新たな時代をさらに進化するべくがんばるしかないのかなという感じである

さて、令和になると同時に世間は十連休であったがご多分にもれず妻子持ちのオジサンは家族サービスで終わった感じである

一度だけ40代の後輩のオナゴ2名と久しぶりの再会&食事会をした
この二人とは20代の頃から今の会社で知り合い、何度か飲みに行ったりして過ごしてきた仲間である
一人は結婚して子供も二人産まれているが、もう一人は美人ながらも残念なことに未だに独身である
美人ということもありオジサンも昔はこのオナゴと結婚を意識して二人で映画にも行ったりしたが、次の日にこのオナゴが同じ職場の後輩にオジサンと映画に行ったことを言っているのをオジサンは知り、なんで話すんだよ〜とガックリきた思い出がある
それだけではなくこのオナゴとは価値観が違うことを沢山知り、やがてはこの人とは縁がなかったな〜と思うようになった
見た目は美人なのにもったいない限りである

そんな切ない昔を思い出しつつも他の日は家族サービスに追われ結婚すると本当に自分の時間が無くなるな〜とつくづく感じさせられた
近場のプールや公園やアスレチックに行くと子供連れの家族で溢れかえっていた
次世代の子供たちに世の中を任せるためにみんな頑張ってるな〜とつくづく感じる

そんなこんなでオナゴ関係の案件はさっぱり進展していないが、ここ最近オジサンが思うことをつらつらと書き出してみようかと思う

昨年の後半はそれなりに街に出ての声かけに力を注いだつもりであったが、年末の記事で書いたように128人の声かけで連れ出し2人という結果を考えるとナンパというのは結果が伴うまでに非常に労力と時間がかかるなという感想である
この経験をもとにオジサンが思うのは、結局ナンパに限らずオナゴに対して己が何をどれだけ与えられるか次第で、オナゴと対峙した時の反応も、オナゴとどれだけいやらしいことができるかの結果も変わってくるのだろうという基本原則である
結局、男も女も関係なく人間も自己中な生き物で自分にメリットがないと動かないようにできているのだ
そう考えると、今さらジローであるがナンパという行為自体はオナゴにとっても本当にメリットのない行為なのだなとつくづく思う
野郎自体は己の性欲を発散できて満足だがオナゴの方からすれば、街で見知らぬ男から声をかけられ、見知らぬ男とお茶を飲み、危ない目に合うかもしれないのに見知らぬ男とホテルに行ってと男に比べてあまりにもオナゴにとってメリットがない行為がナンパである

そこで思い出したのだが、前にオジサンが行っていたナンパ塾の臨時講師は、アラフィフにもかかわらず出会い系で若いオナゴを食いまくっていたが、その講師がいうには「会って数回で自分の前で女が股を開く理由は、自分と関わることによって女性自身が成長することができて女性自身もそれがわかっているからだ」と言っていた

この言葉はある意味真実で、オジサンはナンパでは声かけをしながらも「自分は声をかけたオナゴに与えられるメリットはあるのだろうか」と心のどこかで思っている部分があり、そのネガティブマインドがなかなか結果を産まないことにつながっているような気がする
この講師はオナゴを成長させることができると自信たっぷりに言うように、何かそれなりのスキルか人間力を持っているのであろう
それが何なのか?大金を払ってでも知りたいところであるが、オジサンはその可能性が潜んでいるのではないかというあるものに目をつけている
それは何なのか、結論から話すとコーチングというものなのだが、オジサン、これから勉強して実感を感じられるようになったらまたブログでも話していこうと思う

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写真はGW中に行ったディズニーランドのシンデレラ城だが、オジサン的にはディズニーランドというものはつまらなくて、家族の手前、仕方なく行っているところである・・



posted by しんさく at 21:50 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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